「このインクは弘前の平山萬年堂さんのもの。“インク沼にハマる”っていう言い方があって、インクマニアがかなりいるそうです」。
そう話しながら、溝が縦長に複数通っているガラスのペン先をりんご型のインク壺に軽く浸したのは北洋硝子工場長の中川洋之さん。慣れた手つきでかすかに動かすと、少量のインクが吸い込まれるように上昇していきました。これは毛細管現象といって、ガラスの付着力と表面張力が合わさって、インクが上がっていく働きです。一度インクを付着させると長い文章が書け、水でゆすいで洗うとすぐに別色のインクを使えるという長所も。
筆者はインクを付けて書く文具は漫画のGペンや万年筆だけかと思っていました。万年筆にはマニアやコレクターが存在することは知っていましたが、ガラスペンは未知のジャンル。なにせ、今はデジタル隆盛の時代です。シャープペンシルやボールペンを持つ時間すら減るいっぽうなので、ガラスペンというレア文具にはふだんの生活ではなかなかお目にかかれません。しかし、ガラスペンにも愛好家がしっかり存在しており、特に近年は静かなブームとなっているのだとか。
浮玉で培った昔ながらの「宙吹き」技法を守りながら革新的かつ高度な技術を追い求める北洋硝子に持ち込まれたのは「りんごガラスペンを作ってほしい」という依頼。偶然にも、2週間の間に3社から連絡がきたそうです。青森県庁観光課の観光情報サイト「まるごとあおもり」チーム、そして昭和から街の文具店として親しまれている八戸市のカネイリ、青森市内に店舗を構える雑貨店、KISUKE(キスケ)……。
ガラスひと筋に技術を磨いてきた職人たちにとって「作ったことないし、そんなの無理」、「できません」というセリフは皆無でした。「まるごとあおもり」チームに、県内で最もガラスペンに知見のある弘前市の老舗万年筆専門店・平山萬年堂を紹介してもらい、監修を受けながら制作をスタート。「やるからには、今まで見たことがないすごいガラスペンを作ろう」と職人魂に火が点きました。